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神戸地方裁判所 平成元年(ワ)1313号 判決

原告

中元昌一

被告

北池国雄

主文

一  被告は、原告に対し、金五七三万六〇〇四円及びうち金五二三万六〇〇四円に対する昭和六三年四月五日から支払済みまで、うち金五〇万円に対する平成七年七月四日から支払済みまで、各年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用と被告に生じた費用を八分して、その七を原告の、その余を被告の各負担とし、被告補助参加人に生じた費用は同人の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金四一四八万四五一四円及びうち金三八四八万四五一四円に対する昭和六三年四月五日から支払済みまで、うち金三〇〇万円に対する平成七年七月四日から支払済みまで、各年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故により傷害を負つた原告が、被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償を求める事案である。

なお、後遺障害を除く原告の損害に関して原被告間に示談が成立したことについては当事者間に争いがなく、本件において、原告は、後遺障害による損害のみを請求している。

また、付帯請求は、弁護士費用を除く損害に対する内容証明郵便による同損害を請求した日の翌日から支払済みまで、弁護士費用に対する本判決言渡しの日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による各遅延損害金である。

二  争いのない事実

1  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 発生日時

昭和五七年一一月一五日午後五時一〇分ころ

(二) 発生場所

神戸市兵庫区大開通七丁目五番一四号 市道中央幹線

(三) 事故態様

原告運転の普通乗用自動車(神戸五八は七二四三)が赤信号で停車中、または、停車と同時に、被告運転の普通乗用自動車(神戸五五い九八七五)が後方から追突した。

2  被告の責任原因

被告は、被告運転の右車両について、自賠法三条にいう運行供用者である。

三  争点

本件の主要な争点は次のとおりである。

1  原告に本件事故と相当因果関係のある後遺障害が発生しているか

2  原告と被告との間に成立した示談の効力

3  後遺障害により生じた原告の損害額

四  争点に関する当事者の主張

1  争点1(原告の後遺障害)

(一) 原告の主張

原告は、本件事故により、自賠法施行令別表第九級一号(両眼の視力が〇・六以下になつたもの)、二号(一眼の視力が〇・〇六以下になつたもの)、第一二級一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)にそれぞれ該当する後遺障害を負った。

また、仮に右主張が認められないとしても、原告は、本件事故により、同表第一一級一号(両眼の眼球に著しい調節機能障害又は運動障害を残すもの)、第一二級第一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)にそれぞれ該当する後遺障害を負った。

(二) 被告及び被告補助参加人(以下、両者を一括して「被告ら」という。)の反論

原告主張の後遺障害の存在は否認し、仮にこれが存在するとしても、これと本件事故との間に相当因果関係があることを否認する。

なお、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)においては、原告の後遺障害は、自賠法施行令別表第一二級一号(一眼の眼球に著しい調節機能障害又は運動障害を残すもの)、第一二級一二号にそれぞれ該当するとされ、同法施行令二条一項二号ニにより、いわゆる併合一一級の認定がされたが、客観的には、右一二級一号に該当する後遺障害は生じていない。

2  争点2(示談の効力)

(一) 当事者間に争いがない前提事実

原告と被告とは、昭和五八年八月五日、次の内容の合意をした。

(1) 昭和五八年八月二日までの治療費は被告が病院に支払う。

(2) 休業補償、慰謝料、入院雑費、通院交通費、その他一切の解決金として、被告が原告に対して金四八三万円を支払う。

したがつて、本件事故による後遺障害以外の原告の損害については、既に解決済である。

(二) 被告らの主張

(1) 右合意の際、原告と被告とは、本件事故により後遺障害が発生した場合は、原告が、自賠責保険の被害者請求の手続をして保険金を受領し、これをもつて一切の補償とする旨の合意をした(以下、右後遺障害に関する合意を「本件示談」という。)。

したがつて、仮に原告主張の後遺障害が発生していたとしても、原告は、これに基づく損害賠償を被告に請求することはできない。

(2) 前記のとおり、原告は、自賠責保険の被害者請求において、併合一一級の認定を受けているから、本件示談が、原告の後遺障害は自賠法施行令別表第一四級相当であることを前提としていた旨の後記原告の主張は失当である。

(3) 本件示談は、本件事故から九か月近く経過してから成立しており、本件示談当時の診断書とその後の診断書とを比較しても、被告の主張する後遺障害が示談当時予想されなかつたとすることはできない。

(三) 原告の主張

(1) 本件示談が仮に成立していたとしても、原告と被告との間では、目に関する障害は本件示談の対象とされておらず、原告の後遺障害は、自賠法施行令別表第一四級相当であることが前提となつていた。

したがつて、本件示談は、要素の錯誤があり、無効である。

(2) 本件示談が仮に成立していたとしても、目に関する調節機能障害が発生することは、当時予想されなかつた。

そして、示談成立時に予想されなかつた後遺障害が後に発生した場合には、当事者は示談にかかわらず後遺障害に基づく損害賠償請求をすることができると解されるところ、本訴における原告の請求は、右予想されなかつた後遺障害に関するものに限られている。

第三争点に対する判断

一  争点1(原告の後遺障害)

甲第二、第三号証、第八、第九号証、乙第一号証、第五号証、第七号証、第九号証、丙第一、第二号証、証人可児一孝の証言、原告本人尋問の結果、鑑定の結果を総合すると、原告は、本件事故により、自賠法施行令別表第一一級一号(両眼の眼球に著しい調節機能障害又は運動障害を残すもの)、第一二級一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)にそれぞれ相当する後遺障害を負つたことが認められる。以下、右認定につき補足して説明する。

1  争点1に関する原告の主張記載のとおり、目に関する後遺障害について、原告は、一次的に、自賠法施行令別表第九級一号(両眼の視力が〇・六以下になつたもの)、二号(一眼の視力が〇・〇六以下になつたもの)にそれぞれ該当する後遺障害を負つた旨主張する。

しかし、自賠法施行令別表の視力は矯正視力によるのが相当であると解されるところ、原告の本件事故後の矯正視力が同表の第九級一号、二号に該当することを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、甲第二号証によると、昭和五八年八月二日ころ測定の矯正視力は、右〇・九、左一・〇であることが認められるから、原告の右主張を採用することはできない。

2  また、争点1に関する被告らの主張記載のとおり、被告らは、原告の目に関する後遺障害の存在自体を争い、さらに、仮に、原告に目に関する後遺障害が存在したとしても、それは本件事故とは因果関係がない旨主張する。

しかし、乙第九号証、証人可児一孝の証言、鑑定の結果を総合すると、赤外線オプトメトリーによる検査により、その程度は左眼の方が右眼より強いものの、原告の両眼の眼球に著しい調節機能障害が存在すること、右調節機能障害は、毛様体又は水晶体の異常により生じているのではなく、それを制御する神経系の異常により生じていると考えられること、頭頸部外傷に際して自律神経系の異常により眼球の調節機能障害が起こることが知られていること、原告の右調節機能障害と本件事故との因果関係についても相当の蓋然性をもつて推測することができることが認められる。

したがつて、被告らの右主張も採用することはできない。

3  原告が、本件事故により、自賠法施行令別表第一二級一二号に相当する後遺障害を負つたことは、当事者間では特に争いはなく、前掲各証拠により容易に認められる。

二  争点2(示談の効力)

1  乙第三号証によると、昭和五八年八月五日、原告と被告との間で原告の損害に関して示談書が取り交わされ、右示談書の中には、本件事故により原告に後遺障害が発生した場合は、原告が、自賠責保険の被害者請求の手続をして保険金を受領し、これをもって一切の補償とする旨の文言があることが認められる。

しかし、他方、証人中村憲二の証言、原告本人尋問の結果によると、本件示談当時、原告と被告との間では、原告の後遺障害について自賠法施行令別表のいずれの等級に該当するか未だ共通の認識が得られていなかつたこと、原告と被告とは、自賠責保険に対する被害者請求においては客観的な後遺障害が正しく認定されることを前提に右示談をしたことを認めることができる。

そして、弁論の全趣旨によると、原告には法的知識及び医療的知識が乏しいことが認められ、原告がこのような示談書の作成に応じたことに原告には特に責められる点が存在せず、しかも、本件示談が取引の安全を考慮しなければならないという性質のものではないことからすると、本件示談の効力としては、当事者の合理的な意思解釈の問題として、自賠責保険の被害者請求において客観的な後遺障害が正しく認定され、かつ、これに対する正当な補償がなされるときに限つて、これをもつて一切の補償とする旨合意したと解するのが相当である。

したがつて、乙第三号証の存在のみを理由として、被告が原告に本件事故に関する損害賠償債務を負担していないとすることはできない。

2  争点1に対する判断で判示したように、原告は、本件事故により、自賠法施行令別表第一一級一号、第一二級一二号にそれぞれ相当する後遺障害を負つたことが認められる。

これに対し、丙第一、第二号証によると、自賠責保険の被害者請求においては、原告は、本件事故により、自賠法施行令別表第一二級一号、第一二級一二号にそれぞれ相当する後遺障害を負つた旨の認定がされたことが認められる。

そうすると、本件においては、自賠責保険の被害者請求における認定は、客観的な後遺障害が正しく認定されたとすることはできないから、1で判示したとおり、当事者の合理的な意思解釈の問題として、これをもつて一切の補償とする旨合意したと解することができない。

三  争点3(後遺障害により生じた原告の損害額)

1  逸失利益

証人可児一孝の証言、鑑定の結果によると、眼の調整力は年齢とともに低下し、一般的に五〇歳ころまでに著しく減少すること、原告の場合には、外傷を契機として加齢による変化を上回る調節力異常が発生したと考えられること、原告においては四五歳ころに障害の程度が固定したと推測されることが認められる。

そして、原告本人尋問の結果によると、右後遺障害により原告の収入が現実に減少したのは昭和五八年一〇月(原告は満三九歳)からであつたことが認められ、本件事故発生当時、原告は満三八歳であつたこと、原告には、両眼の眼球の著しい調節機能障害の他に、局部に残る頑固な神経症状という後遺障害が存在することをも併せ考えると、三九歳から四二歳までの三年間は労働能力の二七パーセントを、四二歳から四五歳までの三年間は労働能力の二〇パーセントを、四五歳から五〇歳までの五年間は労働能力の一〇パーセントを、それぞれ喪失したものとして逸失利益を算定するのが相当である(四五歳から五〇歳までの五年間は、四五歳で労働能力の二〇パーセントを喪失しており、五〇歳で労働能力の喪失が解消すると考えられるので、その平均をとつたものである。)。

また、逸失利益を算定するには、昭和五七年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、男子労働者、学歴計、三五~三九歳に記載された金額(これが年間金四三三万六一〇〇円であることは当裁判所に顕著である。)を基礎とするのが相当である。

そうすると、原告の後遺障害による逸失利益は、別紙後遺障害による逸失利益計算書により、合計金六五〇万九八七三円となる。

2  慰謝料

本件事故による原告の後遺障害の部位、程度、内容、原告の年齢等、一切の諸事情を考慮すると、原告の後遺障害による慰謝料を金三二〇万円とするのが相当である。

3  損益相殺

右1及び2の合計額は、金九七〇万九八七三円である。

ところで、原告が、後遺障害による逸失利益として金四二万五七五九円、後遺障害に対する補填金として自賠責保険から金二九九万円、労災保険から金一〇五万八一一〇円、以上合計四四七万三八六九円を受領したことは原告が自ら認めるところである。

したがつて、右1及び2の合計額から右金員を控除すると、金五二三万六〇〇四円となる。

4  弁護士費用

原告が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告が負担すべき弁護士費用としては、金五〇万円とするのが相当である。

第四結論

付帯請求の始期については原告の主張するところにしたがうと、以上により、原告の請求は主文第一項記載の範囲で理由があるのでこの限りで認容し、その余は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九四条後段を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永吉孝夫)

別紙 後遺障害による逸失利益計算書

新ホフマン係数

1年 0.9523

4年 3.5643

7年 5.8743

12年 9.2151

本件事故時原告は満38歳

39歳~42歳(3年間)

4,336,100×0.27×(3.5643-0.9523)=3,057,991

42歳~45歳(3年間)

4,336,100×0.20×(5.8743-3.5643)=2,003,278

45歳~50歳(5年間)

4,336,100×0.10×(9.2151-5.8743)=1,448,604

合計

3,057,991+2,003,278+1,448,604=6,509,873

注 円未満は切捨て

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